ニコタマ製作所。日誌

東京は二子玉川に住んで20年。お仕事と子育てをなんとか回している、庶民派主婦です。

沢田研二 (ジュリー)デビュー50周年ライブに行ってきました!(ネタバレあり)

あけましておめでとうございます。
昨年はいろいろあって大変な年でしたが、締めくくりにジュリーのデビュー50周年記念ライブに行ってまいりました。
これはステージ上、ドラムの人が撮った客席の写真なのだそうです。
会場はパシフィコ横浜。5000人収容の大ホールは満員でした。


来年古希(70歳)を迎えるジュリーは、連日のライブのせいか年齢のせいか(その両方でしょう)高音はかすれ、苦しそうでしたが(このツアーでジュリーは全国65箇所を回っています)50周年にちなんだ、アンコールをのぞく全50曲、ほぼMCなしで歌い切りました。
どの曲ももちろんいいのですが、とくにバラード!あの、この世に2つとない声。 一瞬にして歌の世界に連れて行かれ、時と空間をワープするような、不思議な感覚にとらわれました。
はるか昔、宇宙戦艦ヤマトファンでさんざんサントラで聴いた「ヤマトより愛をこめて」をまさか生で聴く日が来ようとは……。感無量でした。

最後から2曲めの49曲めを歌い終わったあと、ジュリーは20分にもわたるトークで、50年の歌手人生を振り返りました。
お話の面白さは折り紙つきです。自虐や笑いを交え、とつとつと語りつつも、ジュリーのロック魂ともいうべきものが垣間見えました。

70年代、80年代と破竹の勢いだったジュリー。90年代に入って売れなくなったとき、さまざまな葛藤があったそうです。「売れている人だからこそゆるされることがある。売れていない人がやるとみじめなだけ」。
ジュリーが言うと説得力があります。
ではどうするか。あれだけの人気があったのですから、さまざまな道があったでしょう。
それでも、自分の原点はライブだと、ジュリーは毎年ニューアルバムを出し、小さな会場で地道にツアーを続けたのです。


50歳を過ぎた頃、だんだんとライブに人が戻り始めました。じゃあ還暦ライブではドーム公演をしたい。「それは無理だよ」と周りは言ったそうです。でも、全80曲を歌いきったドーム公演は大きな話題となり、ジュリーはみごと復活したのです。
「ジジイであることを武器に、歌える限り歌い続ける」とジュリーは言いました。

あの美しかったジュリーの姿はもはやありません。
でも、そこにあるのは現役で攻め続ける歌手の姿です。
どこかで聞いたセリフですが、
「カッコイイとはこういうことさ」。

今年もよろしくお願いします。