ニコタマ製作所。日誌

東京は二子玉川に住んで20年。お仕事と子育てをなんとか回している、庶民派主婦です。

クリエイティブであるということについて。

 

前の記事からだいぶ内容が飛びますが、クリエイティブということについて考えてみたいと思います。

 

思えば、ずっとクリエイティブであるということに憧れてきた人生でした。

なんでまたこうなったしまったのか、そんなことに憧れなければ、もう少し心穏やかに暮らせただろうにと思うのですが、いまだに憧れを持っているんですね。

その思いが高じて、なのでしょうか、自分自身はさほどクリエイティブではないのですが、クリエイティブの周囲をぐるぐると回るような職業につき、いまでも、”目”の周りを回り続けている台風のように、ぐるぐると回っています。

(音楽、映画、広告、テレビ、出版、などの業界で働く人には、少なからず私みたいな人がいるのではないでしょうか)

 

クリエイティブでありたいと思うのにクリエイティブであれないのはけっこう残酷なことで、クリエイティブな人がうらやましいし、自分に対して「これでよし!」とOKサインを出すことがなかなかできません。

その人が売れていようが売れていなかろうが、プロであろうがアマチュアであろうが関係なく、息をするように作品を生み出す、生きることそのものが創造であるような人には、絶対に、死ぬまでかないっこない、と思いながら、これからも生き続けるのだと思います。

う〜ん、まるで自分で作り上げた架空のクリエイティブカーストの下層にがっちりと組み込まれたような人生……我ながらゆがんでるなあ〜。

 

それはさておき、クリエイティブである人とそうでない人には、どこに違いがあるのか。

ノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロのことについて書かれたこの記事に、

こんな記述がありました。

toyokeizai.net

 

以下、引用です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

フィナンシャル・タイムズのロリエン・カイト記者は、子ども時代のイシグロ氏が「いつかは日本に帰るだろう」と思いながら生活をしていた事に注目する。これが、「小説家に必要とされる、現実からの乖離の修行になったのではなないか」。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「小説家に必要とされる、現実からの乖離の修行」とな!

そうだったんだ、知らなかった。小説家になるのに「現実からの乖離の修行」が必要だったなんて。

 

それでぱっと思い出したがの、芥川賞を受賞した村田沙耶香さんの『コンビニ人間』。

あれなんか、「現実からの乖離」そのものを描いたような作品だし、

確か宇多田ヒカルも、NHKの「SONGS」に出た時に、

「アメリカにいると自分は日本人だと言われるし、日本にいると日本人ではないと言われるので、結局、ここが自分の居場所、みたいな場所がなかった」みたいなことを言っていた。

そして周りを見て思うのは、歌を作ったり、詩を書いたり、文章を書いたり、絵を描いたり、デザインしたり、パフォーマンスする人は、ひとりっ子の人が多いような気がするのです。

 

ひとりっ子で育った人って、あきらかに「ひとり力」が強いですからね。

あまり人の目を気にしなくて、私からみると「よくそんなことできるな!」と思うようなことをあっさりやってしまったりする。

 

そういう人たちを憧れのまなざしで見つめるわたくしは、長女です。

宗教学社の島田裕巳先生の著書に『生まれ順診断BOOK』という本がありまして、これは隠れた名著で実に面白いのでおすすめなのですが、この本によると、すべての人は、生まれ順の影響を受けて生きると。

長男は死ぬまで長男だし、末っ子は死ぬまで末っ子であってその関係性は一生変わらないので、生き方や人格が生まれ順に多大な影響を受けるのだそうです。

そして、その中でひとりっ子の特徴は、「演劇的に生きる」ことなのだとか。

きょうだいがいる子のように、人との関係性をうまく構築できないので、何か、舞台に立っているかのように生き、実際に俳優になったりする人も多いのだそうです。

『生まれ順診断BOOK』については、また改めて書こうかな。面白いので。

 

知らなかった自分がわかる 「生まれ順」診断BOOK

知らなかった自分がわかる 「生まれ順」診断BOOK

 

 

で、長男、長女はというと、これはもう、ひとりっ子とは対極にあって、

社会性そのもののような人格ですよね。

誰に言われたわけでもないのに責任感が強く、その場の調整役のような立場に、自然と立ってしまう。

周りの目を気にして、自由奔放に振る舞うことができない。

ひとりっ子が社会の前にまず自分ありきだとすると、長男長女は、自分の前にまず社会ありきを刷り込まれて育った人たちなのかな、と。

それってつまり、自分の理想や空想に生きるのではなくて、世俗にまみれて生きるということですからね。

 

まるで天使みたいに、世俗から乖離して、ふわふわと世間を眺めながら生きるクリエイティブな人たち(それはそれできついこともあるのかもしれませんが)と比べたら、どっこい地を這って生きるような生き方に自然となっているのかもしれません。

 

なんか、損してるような気がします……。

クリエイティブの話のつもりが生まれ順に関するうらみつらみの話になってしまいましたが、最終的には個人の資質と言っても、人って案外こういう身近な社会性に規定されて生きている部分が大きいと思うのです。

 

 

コンビニ人間

コンビニ人間

 

最高に面白い、コンビニ人間。こちらもまたエグいけどおすすめ。

殺人出産 (講談社文庫)

殺人出産 (講談社文庫)

 

 

言うまでもなく傑作。崇高でさえあります。

Fantôme

Fantôme