ニコタマ製作所。日誌

東京は二子玉川に住んで20年。お仕事と子育てをなんとか回している、庶民派主婦です。

「会社文化」に思う(浦島太郎が就職したら)

 

お久しぶりでございまーす!!
だいたい18年ぶりくらいの会社生活をはじめとうとう1ヶ月。

もう、疲れ果てておりました。

ほら、社内ツール的なものも進化してたりするじゃないですか。スプレッドシートって何?みたいな。あと、その会社独自の文化とか。

フリーが長いといちいち

「この書類は意味があるのか?????」

「なぜこの申請をしなくてはならないのか????」

といったことが気になり、律儀にストレスを溜めておりました。

 

まあでも、この年になってそういった会社勤めの常識的なものをリニューアルするのもなんだか面白いような気がするので、気を取り直して次のように考えることにしました。

「無駄なことをしてこそ”会社”である」

 

または、

「無駄があってこその”会社”である」

 

と。

社内文書を作るためにみんなすごく残業とかしていて、「その仕事は一銭にもならないのでは……」と心配になったりするのですが。

おおぜいで働くっていうことは、そういうもんなんでしょうねえ〜(いや、会社によよるか)。

 

話は全然変わりますが、よく拝見するブログ「madameHのバラ色の人生」によると、

渋谷の東急ハンズで蚤の市をやっているらしいです。

 

madameh.exblog.jp

 

記事の下の方を見ていくと、マダムのアンテナにかかった可愛いものがいっぱい💕

タータンチェックのティーセットほしいいいいいい!💖💖 すぐ行かねば!

と思い、ハンズのHPを見てみたんですね。それがこちら↓

shibuya.tokyu-hands.co.jp

 

マダムのブログと同じように売り場の写真がいっぱい載ってますが。。。。

う〜ん……。

 

いきなり、「行かなくてもいっか!」と思ってしまいました。

 

マダムの目を通すと面白いもの・素敵なものがいっぱいあるように見えるのに、公式HPでは、誰に何を見せたいのか、どう面白いのか、魅力が全然伝わらないんですよね。

ただ単に、「こういった売り場を設営しました」という報告書みたいな感じで……。

この写真を撮った人が、ここを「好きだ」とか「楽しい」「これ見て欲しい」という気持ちが伝わってきません。

ざんねんです。

 

マダムのセンスが素晴らしいのはさることながら、なぜ人気があるのかよくわかる気がします。

 

 

やはり、「愛」かな。

仕事にも愛が必要。

 

 

 

 

 

40年以上頭痛持ちをやってきて、今日初めて知った頭痛対処法

また台風ですね。

気圧予測アプリ「頭痛〜る」を見てみると、思わずギャアアアアーーー!と叫びたくなる、この気圧のダダ下がりっぷり。

 

私、低気圧にはすこぶる弱いです。てきめんに頭痛を引き起こします。

これはもう、ロキソニンの2錠や3錠では太刀打ちできないかもしれない……。

 

案の定、昨日も今日も、「朝、頭が痛くて目が覚める」という、数ある起床パターンの中でもかなり最悪な部類の起床をしてしまいました。

「あ〜頭痛い……」と思いながら起きるのってほんと最悪なんですよ。

台風で多大なる被害に見舞われているみなさまと比べたら「なんだ頭痛くらい」というほどのものではありますが、これはこれでつらい。

QOL(クオリティオブライフ)が著しく下がり、その日1日使い物にならなくなってしまいます。

子どもの朝ごはんとか作る気がまったく起きない。


私が起きないものですから、娘は勝手にごはんを食べて台風の中、模試へ向かいました。ごめん、娘よ。。

 

思えば、小学生のときから頭痛に悩まされてきた人生でした。

いちばん古い頭痛の記憶は、小学4年生だったと思いますので、かれこれ40年は頭痛持ちをやっています。

 

頭痛薬も長年いろいろ試してきましたが、

バファリン→セデス→サリドン→ロキソニン(今ここ)

という感じです。

人によると思いますが、ノーシンは私の場合まったく効きません。

ロキソニンはだいたい効いてくれるんですが、今日は飲んでも効かない。寝ても治らない。

打つ手なし!

困り果てておりました。

 

そんな状態で、何もできないからといって何もしていなくてもただ痛みに耐えていなくてはならないので、いつものマッサージへでかけることにしました。

 

こちらです。

ユリ治療室 二子玉川店|はり・温灸・指圧マッサージならユリ治療室。東京都全域、川崎、横浜で訪問マッサージと訪問鍼灸も受付けております。

 

新しくてキレイで丁寧にしてくれるので、ときどき通っています。

ここは、こんな足湯の設備があって、施術に無料でつけてくれるので、最近はいつもつけてます。静かでいい感じです。

 

で、いつもはマッサージの後に足湯をして帰ってくるんですけど、

今日は先に足湯を、ということだったので、「あ〜、頭いて〜……」と思いながら、まずは足湯をしてたんですね。

 

 

そしたらあら不思議!

あれほどロキソニンを飲んでも寝ても治らなかった頭痛が、なんとなくひいていっている? ではありませんか!

 

どうやら、頭痛の原因は低気圧で血管が膨張して神経を圧迫することによって引き起こされるので、とにかく血行をよくして血を流してやるとよいらしい。

足湯は、全身浴と同じくらい、血行促進効果があるのだそうです。

 

 

まじか〜。

それ早く言ってよ〜。

 

 

その後すっかり頭痛が治り、今日半日は棒に振らずに済んだので、ほんとうに助かりました❤️

もしかしたら、足湯は低気圧性頭痛に最強かもしれませんね。

次も頭が痛くなりそうなとき、足湯をしてみることにします。

二日酔いにもいいそうですよ。

詳しくはググってくださいね!

 

次の低気圧が逆に楽しみになってきました。

 

 

 

『北斎娘 応為栄女集』を読む

 

娘が、学校の図書館からこの本を借りてきてくれました。

 

『北斎娘 応為栄女集』(藝華書院)

北斎娘・応為栄女集

北斎娘・応為栄女集

 

 

印刷があまりよくないとはいえ、その繊細さ、大胆さ、緻密さ、美しさ……
北斎の娘・応為が、父・葛飾北斎とともに居所を転々とし、ホームレス然とした暮らしの中でこれほど繊細可憐な絵を描いていたと思うと、なんだか泣きたくなるような気持ちになります。


この本のアマゾンレビューに、

「北斎の娘もまた天才、その画才は北斎以上だと言わざる得ません」

と書いている方がいますが、私もそう思います。
「美人画ではお栄(応為)にかなわない」と北斎は言ったと言いますが、美人画だけではないでしょう。

 

 

この本で、図録には残っているけれど、現在は所在不明になっている絵がたくさんあることを初めて知りました。

 

こんなに可愛らしい「蝶々二美人図」も……。

 

昭和38年に講談社から刊行された図録に写真だけは残っているけれど、現在はどこに行ったのか不明とのこと。

いつか、ひょっこり出てくることがあるのでしょうか。

 

北斎の絶筆と言われる、有名な「富士越龍図」も、実際は応為が描いたのではないかと、本書の著者は推察しています。

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偉大なる父・北斎が90歳で亡くなったとき、応為は悲嘆やる方なく、座っていることすらできなかった、と書いている、昭和11年に書かれた小論が全文掲載されています。

互いを天才と認め合った、互いに「画狂」の父と娘。世界でもなかなか類を見ない親子関係ではないでしょうか。

 

北斎亡き後、晩年の応為は、親戚の家に身を寄せて絵を描いて暮らしたとNHK『歴史秘話ヒストリア』では描かれていたと思いますが、諸説あり、あるときふと行方知れずになったとも言われているそうです。

ある人に絵を頼まれ、絵筆をふところに入れて出て行ったまま、行方がわからなくなったとか……。

 

 

残された作品も情報も少なく、求めても求めてもよくわからない天才女絵師・葛飾応為。

絶対に満足できないがゆえに、お栄さんにますます魅かれてしまうのでした。

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お栄(左)と北斎(右)

 

以前、こちらの記事も書きました。

 

www.nikotamaseisakujo.com

 

 

www.nikotamaseisakujo.com

 

 

 

 

 

 

転職しました!

 

ブログが1ヶ月続き、「中高年はブログをやるとよい!」とドヤ顔で豪語したのもつかの間、10日ほど間が空いてしまいました。

この間、選挙もありましたしね。

選挙期間中はいろいろと言いたいこともあったのですが、バタバタしている間に機会を逸してしまい、今に至る。

 

というのも、私、転職活動的なことをしていたのですよ。

そして、晴れて、今週から出社しています! まだ2日目ですが。

 

うちはもともと夫も私もフリーランスで仕事をしていて、

仕事人生の3分の2は自宅でだらだらと仕事をしてきたのですが、

それが50歳にしてまさかの通勤生活リターンズ。

人は、50歳からでも通勤ラッシュに耐えられるのか……をしばらくの間テーマに生活したいと思います。

 

本当に人生ってどう転ぶかわかりませんね。

 

 

親がこんななんで、子どもにも、「いい会社に就職しなさい!」とか絶対に言えません。なんとかして生き延びて欲しい……と祈るばかりです。

 

まあ、フリーの仕事もぼちぼち続けていますので、

関係各位には引き続きお世話になるかと思います。

改めましてどうぞよろしくお願いいたします。

 

それと、宣伝になりますが、夫がネットで知り合った高校生とこんなLINEスタンプ作ってました。夫には一銭も入らないらしいですが、けっこうかわいいのでもしよろしければ使ってあげてくださいませ〜。

 

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では。

 

 

「中高年がブログを書く10のメリット」の続き。

 

いきなり寒くなりましたね〜。

 昨日の記事↓の続きです。ちゃっちゃといきます。

www.nikotamaseisakujo.com

 

下のリスト10のうち、3までいったので、4から。

1 自分の考え方を知ることができる

2 反応していただくとうれしい

3 ネタに困らないのでなんだかんだ続く

4 運動になる(取材をするのであれば)

5 お金をつかわなくなる

6 仕事のうさを晴らすことができる

7 老後も続けることができる

8 適度なアウトプットになるので精神的によい

9 つぶそうと思えばいくらでも時間がつぶせる

10 あわよくば収益化できるかもしれない

 

4について。これは、ブログを書くことで運動不足解消になる、ということです。

実はこれについては、お察しの通り、私はまったく実現できていないのですが、ブログの内容をもっとアクティブなものにして、「必然的に動かざるをえない」ものにしてしまえば、実現可能ではないかと。

フィットネスの記録そのものをブログのテーマにしてもいいと思うんですが、たとえば山歩きでも食べ歩きでも、工場めぐりでも、単なる散歩でも、ショッピングでも、街ネタでも、アーチストの追っかけでもなんでもいいので、外に出なくては書けないものを書いていくと、運動になるのでいいと思います。

今なら、衆院選に向けて、推しの候補者の追っかけなんかもいいかもですよ!

 

ちなみに今とても売れているこの本によると

百歳まで歩く―正しく歩けば寿命は延びる! (幻冬舎文庫)

百歳まで歩く―正しく歩けば寿命は延びる! (幻冬舎文庫)

 

 現代人は圧倒的に歩行不足で、それゆえに歩行能力の低下が著しいそうです。

歩くとすぐ疲れる人と長く歩いてもぜんぜん疲れない人の違いは……など、面白いので読んでみてください。
まあつまり、大金をかけて結果にコミットしなくても、とにかくたくさん歩いとけば間違いないようです。

しかし我が身を振り返ってみると、ともすると丸1日、これでもか!というくらい座り倒す生活なので、自分に対していちばん「外に出ないと書けないことを書けよ!」と言いたいですね!(これをブーメランといいます)。

ちなみに上記の本によると、「1日1万歩」と昔からよく言われますが、これは「健康のためには1日に300キロカロリー消費する身体運動が必要」と海外で言われ始め、それをウォーキングに換算するとだいたい1万歩になることから言われ出したことだそうで、その程度の根拠、つまり迷信のたぐいとのことです。
iPhoneユーザーの方はデフォルトで入っている「ヘルスケア」アプリを見ると、毎日の歩数が記録されていますよね(最近知りました)。これを見ると、私の場合、1万歩を超えていることはほとんどなくて、だいたい3000〜8000歩といったところ。1万歩歩くのって難しいんですね。

 

次に5の「お金を使わなくなる」です。

今時の若い人は、お金を使わないというか、そもそも使えるお金がないんだよ!という叫びをネットではよく耳にするわけですが、一方で今時の50代というのはいわゆる「バブル世代」。「消費」が骨の髄まで染みついているので、たとえお金がなくても、「楽しみは金で買う!」という行動パターンになっている人が多いように思います。

しかし、給料がダダ下がり続ける現代。若いときほど自由に使えるお金はないし、そもそもそれほど欲しいものももうない……と心に秋風が吹き始めたときに目に入るのがブログ。

一生懸命ブログを書いているうちに、何かを買うことで埋めていた心の隙間がいつの間にか埋まっていた……という美しい展開が、中高年にはありそうです。

自分の場合ですが、ネットショッピングでどうでもいいものを買うのは、あきらかに減った気がします。

買うことで上がるアドレナリンと、書くことで上がるアドレナリンのトレードオフで、

「書くこと」に軍配が上がったのかもしれません。

 

6の「仕事のうさを晴らすことができる」と8の「適度なアウトプットになるので精神的によい」というのは、メンタル面での効果です。

たとえあなたがどんなに仕事大好き人間であろうと、仕事にはストレスがつきもの。

それに、仕事にはいいときもあれば悪いときもありますし、他人からの評価や自己評価とも無縁ではいられません。

そこで、誰からもシビアな評価をされない場として、ブログがとってもいいのではないかと思うのです。

ブログなら、「業績が上がってない!」とか「やめちまえ!」とか「こんなこともできないのか!」とか言われることはないんですよ、みなさん……。まあ今どきここまであからさまに言われることはあまりないかもしれませんが、そういうことって言外に伝わってくるじゃないですか。

そんなわけで、他人からの評価とは別の流れを作っておくという意味で、ブログがおすすめです。

また、勉強したり本を読んだりというインプットも大事ですが、それだけだと溜め込んで煮詰まるだけですから、誰にも迷惑をかけないアウトプットの場としてもブログは最適。

たとえとして適切ではないかもしれませんが、つまりは排泄と同じです。

精神的にも身体的にも、出すのって大事だと思います。

 

「7 老後も続けることができる」

「9 つぶそうと思えばいくらでも時間がつぶせる」

子供もぶじ育て上げ、そろそろ仕事人生のゴールが見えてきた……。

退職したら自由な時間がいっぱいできるぞぉ〜! 何をしようか、まずは夫婦で旅行でも行くか……

なんて考えている方は、今すぐにでもブログを始めたほうがよかろうと思います。

だいたい、自由を謳歌しながら長年かけて独自のネットワークを作り上げてきた奥さんが、今さらだんなさんとの旅行に付き合ってくれるわけがないじゃないですか。

そして旅行に行けるのなんて、1年の中で数えるほどの日数。残りの日はどうやって過ごすというのでしょうか。

そこで、ご主人のほうも、退職前に独自のネットワーク作りにはげんだほうがよい。

ブログはそのためのツールとしても有効だと思います。

もちろんお金はかからないし、ブログに定年はありません!

そしてこれがさらに、10番目のメリット「あわよくば収益化できるかもしれない」につながっていきます。

 

このブログもアフィリエイトをしていることは前回お伝えしましたが、消費するだけの趣味と違って、もしかしたら収入になるかも、と思ったらやる気も出ますよね。まあ、今のところブログ収入1日数円の私が言ってもなんの説得力もないのですが、「続けることに意義がある」とも言いますし、人によっては、数十万、数百万と稼いでいる人もいるそうですよ。

そこはやり方しだいで、いろいろと工夫できるのだと思います。

 

ということで、最後の方は駆け足でしたが、やっと、「中高年がブログを書く10のメリット」書き終わりました。

あ〜、昨日と合わせて4000字も書いちゃったよ……何これ、仕事……?

 

あと、あまり無理をしない、というのも、中高年がブログを続けるコツかと思われます。

ではまた。

 

 

 

 

 

 

 

1カ月経ちましたので、「中高年がブログを書く10のメリット」をドヤ顔で語ります

 

ブログを始めて、1カ月とちょっと経ちました。

読んでくださる方にはなんの意味もないことですが、趣味と名のつくものは何一つ続いた試しがない私にとっては、これはたいへんな快挙です。

まあこのブログも、セコくグーグルアドセンスを申請したり(いきなりタイトル下に広告が現れたでしょ? お目障りでしたらすみません)、アマゾンや楽天のアフィリエイトを張ったりしてますので、厳密な趣味とは言えないかもしれませんが。

 

ちなみに、アドセンスの審査に通過し、リンクを張ってから今日まで3日間の収入、

5円!

でございます。ああ、ありがたやグーグル様……。

 

さて、1カ月突破のお祝いといいますか、

経験1カ月のブロガーとして、中高年がブログを書くメリットについてドヤ顔で語ってみたいと思います。

リストにしてみました。こちら!↓

 

1 自分の考え方を知ることができる

2 反応していただくとうれしい

3 ネタに困らないのでなんだかんだ続く

4 運動になる(取材をするのであれば)

5 お金をつかわなくなる

6 仕事のうさを晴らすことができる

7 老後も続けることができる

8 適度なアウトプットになるので精神的によい

9 つぶそうと思えばいくらでも時間がつぶせる

10 あわよくば収益化できるかもしれない

 

なんと、キリよく10個になりました。

 

まず1の「自分の考え方を知ることができる」。これは「自分を見つめ直すことができる」と言い換えてもいいのですが、自分でも意外だったメリットです。

日常をつづるということでは、昔ながらの日記でもいいのですが、日記だと読むのは自分だけなので、自分のドロドロした内面をヘドロのように吐き出すだけになってしまい(私の場合)、ちょっとでも面白くしようとかの努力は一切しないじゃないですか。

また、そのヘドロのようなおぞましい内面が紙に書き留められて残っていってしまうのは、日々醜い自分を突きつけられているようで、精神衛生上好ましくないことは言うまでもありません(私の場合)。

そこへいくと、ブログの場合は、少しでもみなさまの目に触れると思えば、表面的に多少、穏やかな人格を装ってみたり、読みやすい文章を書く努力をする。

そしてそれが、自分がふだん考えていることを整理してまとめることにつながり、結果として、「自分ってこんなことを考えているんだ」と認識することにつながっていくんですよね。

それが、自分にとって意外とよかったです。

こんなことでもないと、単なる雑念製造所ですからね〜。

 

 

2は、はてなブログであることが大きいのでしょう。

ほかのブログは知らないのですが、はてなの場合は、スターをつけていただいたり、読者になっていただける場合もあり、はっきりいってすごく嬉しいです、はい。

どうもありがとうございます!(声を大にして)

こういう楽しさがあることも、ブログを始めて初めて知りました。

 

そして3は、中高年って、長く生きているだけに、その気になればネタはいろいろあるし、しかもそれを、気負わずに、肩の力を抜いてアウトプットしていけるんじゃないでしょうか。

これが20代や30代の方の場合ですと、肩の力を抜かれてもどーなのってところがありますが、中高年になると「枯れる」というステージに到達することができ、大したことを言ってなくても「枯れた味わい」で済ますことができます!笑

 

 

 わ〜、そんな身も蓋もないことを書いていたらだいぶ時間が経ってしまいました。

まだ3までしか行ってないな。

 

次回に続く!

 

 

 

 

 

クリエイティブであるということについて。

 

前の記事からだいぶ内容が飛びますが、クリエイティブということについて考えてみたいと思います。

 

思えば、ずっとクリエイティブであるということに憧れてきた人生でした。

なんでまたこうなったしまったのか、そんなことに憧れなければ、もう少し心穏やかに暮らせただろうにと思うのですが、いまだに憧れを持っているんですね。

その思いが高じて、なのでしょうか、自分自身はさほどクリエイティブではないのですが、クリエイティブの周囲をぐるぐると回るような職業につき、いまでも、”目”の周りを回り続けている台風のように、ぐるぐると回っています。

(音楽、映画、広告、テレビ、出版、などの業界で働く人には、少なからず私みたいな人がいるのではないでしょうか)

 

クリエイティブでありたいと思うのにクリエイティブであれないのはけっこう残酷なことで、クリエイティブな人がうらやましいし、自分に対して「これでよし!」とOKサインを出すことがなかなかできません。

その人が売れていようが売れていなかろうが、プロであろうがアマチュアであろうが関係なく、息をするように作品を生み出す、生きることそのものが創造であるような人には、絶対に、死ぬまでかないっこない、と思いながら、これからも生き続けるのだと思います。

う〜ん、まるで自分で作り上げた架空のクリエイティブカーストの下層にがっちりと組み込まれたような人生……我ながらゆがんでるなあ〜。

 

それはさておき、クリエイティブである人とそうでない人には、どこに違いがあるのか。

ノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロのことについて書かれたこの記事に、

こんな記述がありました。

toyokeizai.net

 

以下、引用です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

フィナンシャル・タイムズのロリエン・カイト記者は、子ども時代のイシグロ氏が「いつかは日本に帰るだろう」と思いながら生活をしていた事に注目する。これが、「小説家に必要とされる、現実からの乖離の修行になったのではなないか」。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「小説家に必要とされる、現実からの乖離の修行」とな!

そうだったんだ、知らなかった。小説家になるのに「現実からの乖離の修行」が必要だったなんて。

 

それでぱっと思い出したがの、芥川賞を受賞した村田沙耶香さんの『コンビニ人間』。

あれなんか、「現実からの乖離」そのものを描いたような作品だし、

確か宇多田ヒカルも、NHKの「SONGS」に出た時に、

「アメリカにいると自分は日本人だと言われるし、日本にいると日本人ではないと言われるので、結局、ここが自分の居場所、みたいな場所がなかった」みたいなことを言っていた。

そして周りを見て思うのは、歌を作ったり、詩を書いたり、文章を書いたり、絵を描いたり、デザインしたり、パフォーマンスする人は、ひとりっ子の人が多いような気がするのです。

 

ひとりっ子で育った人って、あきらかに「ひとり力」が強いですからね。

あまり人の目を気にしなくて、私からみると「よくそんなことできるな!」と思うようなことをあっさりやってしまったりする。

 

そういう人たちを憧れのまなざしで見つめるわたくしは、長女です。

宗教学社の島田裕巳先生の著書に『生まれ順診断BOOK』という本がありまして、これは隠れた名著で実に面白いのでおすすめなのですが、この本によると、すべての人は、生まれ順の影響を受けて生きると。

長男は死ぬまで長男だし、末っ子は死ぬまで末っ子であってその関係性は一生変わらないので、生き方や人格が生まれ順に多大な影響を受けるのだそうです。

そして、その中でひとりっ子の特徴は、「演劇的に生きる」ことなのだとか。

きょうだいがいる子のように、人との関係性をうまく構築できないので、何か、舞台に立っているかのように生き、実際に俳優になったりする人も多いのだそうです。

『生まれ順診断BOOK』については、また改めて書こうかな。面白いので。

 

知らなかった自分がわかる 「生まれ順」診断BOOK

知らなかった自分がわかる 「生まれ順」診断BOOK

 

 

で、長男、長女はというと、これはもう、ひとりっ子とは対極にあって、

社会性そのもののような人格ですよね。

誰に言われたわけでもないのに責任感が強く、その場の調整役のような立場に、自然と立ってしまう。

周りの目を気にして、自由奔放に振る舞うことができない。

ひとりっ子が社会の前にまず自分ありきだとすると、長男長女は、自分の前にまず社会ありきを刷り込まれて育った人たちなのかな、と。

それってつまり、自分の理想や空想に生きるのではなくて、世俗にまみれて生きるということですからね。

 

まるで天使みたいに、世俗から乖離して、ふわふわと世間を眺めながら生きるクリエイティブな人たち(それはそれできついこともあるのかもしれませんが)と比べたら、どっこい地を這って生きるような生き方に自然となっているのかもしれません。

 

なんか、損してるような気がします……。

クリエイティブの話のつもりが生まれ順に関するうらみつらみの話になってしまいましたが、最終的には個人の資質と言っても、人って案外こういう身近な社会性に規定されて生きている部分が大きいと思うのです。

 

 

コンビニ人間

コンビニ人間

 

最高に面白い、コンビニ人間。こちらもまたエグいけどおすすめ。

殺人出産 (講談社文庫)

殺人出産 (講談社文庫)

 

 

言うまでもなく傑作。崇高でさえあります。

Fantôme

Fantôme